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ひとりのアナ雪ファンが #GiveElsaAGirlFriend に反対する理由

ディズニー映画

まさかブログを作って最初の記事がこんな内容になるとは思わなかった。


どうもはじめましてMay0315です。私は所謂「アナ雪ヲタ」に括られるうちのひとりで、13年秋にアメリカで公開される前からトレーラーやレリゴーのプロモを見ては本編を妄想し、アメリカで公開されてからの盛り上がりに発狂しそうなほど煽られ、半年後の日本公開を待ちきれずにFrozen(「アナと雪の女王」原題)を見たいがためにはじめての一人旅に踏み切り香港へ飛びました。尖沙咀のガラガラ映画館で観たはじめてのFrozenは最高だった。
無論、その後日本で公開されてからも、2枚しか前売りを買っておかなかった*1自分の馬鹿さを呪いつつ映画館へ通い詰めたりもして、気がつけば部屋にはグッズが増えていって収納が足りなくなった、Twitterには(多分)よくいるタイプのアナ雪ヲタです。
 
さて、数日前からTwitterでは #GiveElsaAGirlfriend というハッシュタグが盛り上がっています。これはある海外ファンが「アナと雪の女王」続編でヒロインのエルサに彼女を作って欲しい、現実に生きて自分のセクシャリティに悩むレズビアンの少女たちのロールモデルになってくれたら嬉しい、とディズニーに要望したものでした。
タグ上には反対意見も散見されるものの、それとは比べ物にならないほどの賛同の声が溢れています。*2なので「#GiveElsaAGirlfriend を世論が肯定している」という現状が出来上がる前に、細やかでも声を挙げておくことが、これまで「アナと雪の女王」という映画を愛し、そこからたくさんの救済を得た自分には必要だと思われたので、このエントリを書いています。前置きが長くなりました。
 

Let it goで解放されたものとは

「ありの〜ままの〜」のあの曲が、同性愛のカムアウトのメタファーであるという説があります。私もそれを否定するつもりはありませんし、Let it goとそれを象徴とするエルサのキャラクターは観客がそうとも捉えられるように作られていると思います。
 
が、原語版エルサ役のイディナ・メンゼルはLet it goについて(言い回しは違ったかもしれませんが)こうも語っています。*3
 
Let it goは、自分の何かを他人に隠している人のための歌なの。
誰でもそうであるようにね
 
これは、どれだけ「ありのまま(笑)」と揶揄されても私がLet it goを好きな理由のひとつです。誰にでも見せられない/見せたくないと思う秘密があるけれど、それは誰に咎められるべきことでもない。
誰にでもあるけれど、人によって違う「秘密」をそれぞれエルサに投影し、観客は心を動かされました。それはもちろんセクシャルマイノリティのことである場合もありましたが、人によってはもっと別のことなのです。
Let it goが同性愛のメタファーであることを否定もしませんが、違う種類の「秘密」をあのシーンに投影した観客も(少なくともここに1人)いるのです。
エルサに「彼女」という存在を作れば自然、あのシーンは同性愛の暗喩だったと解釈するのが「正しい」ことになってしまうでしょう。なので、どうか決めつけるようなことをしないで欲しいのです。
 

王子様が必要ない=女性パートナーが必要、はおかしい

アナ雪とはアナとエルサの姉妹が最終的に「真実の愛とは王子様とのロマンスとは限らない」という結論にたどり着くお話です(少なくとも私はそう思っています)。ムーラン、アリエル、ベル、ティアナ、ラプンツェル*4と、どれだけヒロインが活動的でも最終的にはヒーローと結ばれる運命にあったディズニープリンセス映画でこれを宣言したことが、アナ雪が全世界でヒットした理由の一つであることに疑いはないでしょう。
では、相手が王子様でなければ良かったのでしょうか。作中での愛の定義はこうでした。
 
Love is putting someone else’s needs before yours.
(愛って言うのは、誰かの必要なものを自分のそれより優先すること)
 
ご覧の通り、アナ雪本編で描かれた「愛」とはエロスでなくアガペーです。幼い頃に両親を亡くし、姉とも離れて暮らすしかなかったアナは、「愛」と括られるものに飢えていたがため王子様とのロマンスを夢見て失敗するものの、最後には姉妹同士の無償の愛に辿り着き、そこに真実の愛があったと知るのです。
アガペーを知った2人のヒロインが、続編でエロスの愛へ踏み出すのはストーリーとして不自然なことではありません。事実、ディズニー製作のTVドラマ「ワンス・アポン・ア・タイム」で描かれている後日談では、アナはクリストフとの結婚式を控えている…という描写があります*5
 
双璧をなすヒロインのひとりがヘテロセクシャリティを持つなら、もうひとりはゲイorバイである…というのも望ましいロールモデルになるでしょう。文化的に強大な影響力を持つディズニーが作るとなれば尚更です。
が、ここでも私は、どうか受け手に余地を残しておいて欲しいと思います。ネット上にはアナとエルサのカップリング二次創作が溢れていますが、それとはまた別の意味でです。
 
アセクシャル(エーセクシャル)」というセクシャリティがあります。大きく乱暴に言ってしまうと、恋愛対象を必要としない/性愛に対して興味がないという性のあり方です。実際にはその中でも人によって様々な差がありますが、パートナーがいないのが自然…という人もいます。
私自身はアセクシャルではないと思っていますが、エルサが恋愛に頼らず自身の葛藤を乗り越えたこと自体が私にとってのロールモデルとなっています。
 
エルサはディズニープリンセス*6の中で唯一、未だに明確な恋人が存在しないキャラクターです。だからこそ #GiveElsaAGirlfriend がムーブメントになり得たとも言えるのですが、彼女をロールモデルとする必然性が同性愛にあるならば、それと同様アセクシャルや他の属性にもあると考えます。そのため、「エルサは同性愛者であると製作者に明言して欲しい、続編ではエルサにもロマンスの展開を与えて欲しい」という願いには反対です。
 
繰り返しになりますが、観客によって自分の何を映画に投影し、何に対しての勇気や希望を得るのかは異なります。特に「アナと雪の女王」はその視点に関して繊細に作られた作品でした。だからこそ多くの人の心に届き、愛される作品となったのです。
映画に限らず、物語とは一度世に送り出されたあとは観客のものとなります。だからこそ、製作者の手の中にある内からそれを歪めるような圧力をかけないで欲しいと1ファンとして切に願っています。
 
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(追記その1 - 5/7 11:58)
その後 #GiveElsaAGirlfriend に(エンタメで同性愛を描くことにに、ではない)反対を表明する #LeaveElsaAlone というハッシュタグが出来ていましたので、一概に「世論は賛成している」という風潮にはならなそうだと安堵しました。
 
(追記その2 - 5/7 14:35)
「Aセクシャル」の表記に関して、Aは接頭辞であるためそこだけアルファベットなのは不自然…とブコメでご指摘を頂いたので改めました。ご教示ありがとうこざいます。
 
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※気持ちの赴くままに書いたので、この記事はのちのち追記/修正される場合があります
 

*1:前売り特典のアナ&エルサストラップが好みの造形でなかったため

*2:追記その1参照

*3:D23Expo Japan2015「パワー・オブ・プリンセス」展の製作陣インタビュー映像にて。同じ映像は5/8まで銀座松屋で開催中の「ディズニープリンセスアナと雪の女王」展でも見られます

*4:メリダピクサー作品なので割愛

*5:あくまでドラマ版での話ですが

*6:正確には女王ですし、公式でも「ディズニープリンセス」して括られてはいませんが、一般的な見解として