ディズニーキャラクター封筒(グリ向け)を作りました

概要

・原寸出力でA4用紙にぴったり、仕上がりはポストカードが多少の余裕を持って入るサイズ(約115×160mm)です
パークでのグリーティング時にキャラクターに渡す(=持った状態で写真を撮ったときにある程度写真映えするサイズ)を想定しているため、市販の「キャラもの」封筒より大きめになっています
・115%拡大で印刷すると、2Lサイズで現像した写真が入ります(A4より大きな用紙が必要です) 

利用規約

公序良俗に反しない目的での個人利用である限り、連絡・報告等なしでご自由にお使い頂けます。
・商用利用不可、データそのもの及びこれを元に改変を加えたデータの再配布は不可。
・このデータを利用することにより発生したいかなる不利益等にも作成者は責任を負いません。

使い方

  1. 使いたい封筒のPDFをダウンロードします
  2. A4の用紙に原寸で印刷します
  3. 外周の線に沿って切り取ります(線のギリギリ内側を切ると仕上がりが綺麗です)
  4. フタ、宛名面、のりしろを山折りにします
  5. のりしろ部分を宛名面の裏に貼り付けます
  6. 完成です(コピー用紙に印刷した場合、のりが乾いてから蝋引きすると多少丈夫になります)

封筒データ

アナと雪の女王

アレンデールに板チョコの概念があるとは思えませんが、姉妹の好物がチョコレートなので板チョコ風にしました

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★エルサ(ホワイトチョコ)

★アナ(ミルクチョコ)

 

ディズニーヴィラン

フタ部分に各ヴィランズが喜びそうな宛名を入れました。「○○様に捧げる」みたいなニュアンスです

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★白雪姫の女王(The fairest queen of them all/世界で最も美しい女王)

★マレフィセント(The mistress of all evil/全ての悪の支配者)

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★アースラ(The most powerful witch of the sea/最も強大な海の魔女)

★クルエラ(The stunning fashionista of London/ロンドンの輝けるファッショニスタ)

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★ハートの女王(Her majesty of the Queen of Hearts/ハートの女王陛下)

★フロロー(The justice of the Supreme Court/最高裁判事)

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★ファシリエ(The greatest voodoo magician of New Orleans/ニューオリンズの偉大なるブードゥー魔術師)

★ハデス(The load of the Underworld/下の世界の支配者)

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★ジャファー(The mighty sorcerer of Agrabah/アグラバーの強大なる魔法使い)

★フック船長(The essential ruler of Neverland/ネバーランドの真の支配者)

 

ナイトメア・ビフォア・クリスマス

サリーの封筒は蝋引きする(=彩度・明度共にワントーン下がる)と偶然にもグリーティング時の衣装とほぼ同じ色調になります

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★ジャック・スケリントン

★サリー

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★ウギー・ブギー

タワー・オブ・テラー版CLUE(クルード)のルールを日本語訳しました

USディズニーパーク&ディズニーストアオンラインで購入できるタワテラ版CLUE(CLUEDO)のルールを日本語訳しました。*1
これは殺人事件の犯人と凶器と犯行現場を推理するボードゲームの名作と、東京ディズニーシーでも人気のタワー・オブ・テラーのアトラクションがコラボしたもの。殺人事件→失踪事件とディズニーナイズされてはいるものの、アトラクション同様の空恐ろしい雰囲気はばっちり残っています。

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通常品のクルード自体、いま日本では入手困難だそうなのですが、面白いゲームなのでもっと広まって欲しいなあ……。長くなったのでルールの内容は続きを読むからどうぞ。

1939年、ハリウッド――映画の黄金時代。監督ドナルド・ダックが次の大作のラストシーンを撮影しているのは、壮大なハリウッド・タワー・ホテルのセット。ホテルの中のそれぞれ異なるロケーションでは、やはりそれぞれ異なった小道具を手に、俳優達が演技に入ろうとしていました。 突然、恐ろしい嵐が雷を伴ってホテルを襲ったのです。落雷によってエレベーターは止まり、照明は明滅し、皆が震えあがりました。そしてすぐに、ある人物が小道具を持ったまま、ホテル内のどこかから失踪してしまったのは誰もが知るところとなったのです。

誰が消えたのか?どこから?どの小道具と一緒に?手掛かりを追い、想像力、推理の過程、そして良識を鍵としてこの謎を解きましょう。捜査すべき山ほどの手掛かりと、百の可能性を以て、クルー(c)トワイライト・ゾーンタワー・オブ・テラー・エディションはあなたを推理させつづけるでしょう。これはディズニー流に歪んだミステリーなのです。

 

*1:今後日本語版が出ることはまず間違いなく有り得ないと思うので多分大丈夫でしょうが、権利者から要請があり次第速やかに削除します

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ひとりのアナ雪ファンが #GiveElsaAGirlFriend に反対する理由

まさかブログを作って最初の記事がこんな内容になるとは思わなかった。


どうもはじめましてMay0315です。私は所謂「アナ雪ヲタ」に括られるうちのひとりで、13年秋にアメリカで公開される前からトレーラーやレリゴーのプロモを見ては本編を妄想し、アメリカで公開されてからの盛り上がりに発狂しそうなほど煽られ、半年後の日本公開を待ちきれずにFrozen(「アナと雪の女王」原題)を見たいがためにはじめての一人旅に踏み切り香港へ飛びました。尖沙咀のガラガラ映画館で観たはじめてのFrozenは最高だった。
無論、その後日本で公開されてからも、2枚しか前売りを買っておかなかった*1自分の馬鹿さを呪いつつ映画館へ通い詰めたりもして、気がつけば部屋にはグッズが増えていって収納が足りなくなった、Twitterには(多分)よくいるタイプのアナ雪ヲタです。
 
さて、数日前からTwitterでは #GiveElsaAGirlfriend というハッシュタグが盛り上がっています。これはある海外ファンが「アナと雪の女王」続編でヒロインのエルサに彼女を作って欲しい、現実に生きて自分のセクシャリティに悩むレズビアンの少女たちのロールモデルになってくれたら嬉しい、とディズニーに要望したものでした。
タグ上には反対意見も散見されるものの、それとは比べ物にならないほどの賛同の声が溢れています。*2なので「#GiveElsaAGirlfriend を世論が肯定している」という現状が出来上がる前に、細やかでも声を挙げておくことが、これまで「アナと雪の女王」という映画を愛し、そこからたくさんの救済を得た自分には必要だと思われたので、このエントリを書いています。前置きが長くなりました。
 

Let it goで解放されたものとは

「ありの〜ままの〜」のあの曲が、同性愛のカムアウトのメタファーであるという説があります。私もそれを否定するつもりはありませんし、Let it goとそれを象徴とするエルサのキャラクターは観客がそうとも捉えられるように作られていると思います。
 
が、原語版エルサ役のイディナ・メンゼルはLet it goについて(言い回しは違ったかもしれませんが)こうも語っています。*3
 
Let it goは、自分の何かを他人に隠している人のための歌なの。
誰でもそうであるようにね
 
これは、どれだけ「ありのまま(笑)」と揶揄されても私がLet it goを好きな理由のひとつです。誰にでも見せられない/見せたくないと思う秘密があるけれど、それは誰に咎められるべきことでもない。
誰にでもあるけれど、人によって違う「秘密」をそれぞれエルサに投影し、観客は心を動かされました。それはもちろんセクシャルマイノリティのことである場合もありましたが、人によってはもっと別のことなのです。
Let it goが同性愛のメタファーであることを否定もしませんが、違う種類の「秘密」をあのシーンに投影した観客も(少なくともここに1人)いるのです。
エルサに「彼女」という存在を作れば自然、あのシーンは同性愛の暗喩だったと解釈するのが「正しい」ことになってしまうでしょう。なので、どうか決めつけるようなことをしないで欲しいのです。
 

王子様が必要ない=女性パートナーが必要、はおかしい

アナ雪とはアナとエルサの姉妹が最終的に「真実の愛とは王子様とのロマンスとは限らない」という結論にたどり着くお話です(少なくとも私はそう思っています)。ムーラン、アリエル、ベル、ティアナ、ラプンツェル*4と、どれだけヒロインが活動的でも最終的にはヒーローと結ばれる運命にあったディズニープリンセス映画でこれを宣言したことが、アナ雪が全世界でヒットした理由の一つであることに疑いはないでしょう。
では、相手が王子様でなければ良かったのでしょうか。作中での愛の定義はこうでした。
 
Love is putting someone else’s needs before yours.
(愛って言うのは、誰かの必要なものを自分のそれより優先すること)
 
ご覧の通り、アナ雪本編で描かれた「愛」とはエロスでなくアガペーです。幼い頃に両親を亡くし、姉とも離れて暮らすしかなかったアナは、「愛」と括られるものに飢えていたがため王子様とのロマンスを夢見て失敗するものの、最後には姉妹同士の無償の愛に辿り着き、そこに真実の愛があったと知るのです。
アガペーを知った2人のヒロインが、続編でエロスの愛へ踏み出すのはストーリーとして不自然なことではありません。事実、ディズニー製作のTVドラマ「ワンス・アポン・ア・タイム」で描かれている後日談では、アナはクリストフとの結婚式を控えている…という描写があります*5
 
双璧をなすヒロインのひとりがヘテロセクシャリティを持つなら、もうひとりはゲイorバイである…というのも望ましいロールモデルになるでしょう。文化的に強大な影響力を持つディズニーが作るとなれば尚更です。
が、ここでも私は、どうか受け手に余地を残しておいて欲しいと思います。ネット上にはアナとエルサのカップリング二次創作が溢れていますが、それとはまた別の意味でです。
 
アセクシャル(エーセクシャル)」というセクシャリティがあります。大きく乱暴に言ってしまうと、恋愛対象を必要としない/性愛に対して興味がないという性のあり方です。実際にはその中でも人によって様々な差がありますが、パートナーがいないのが自然…という人もいます。
私自身はアセクシャルではないと思っていますが、エルサが恋愛に頼らず自身の葛藤を乗り越えたこと自体が私にとってのロールモデルとなっています。
 
エルサはディズニープリンセス*6の中で唯一、未だに明確な恋人が存在しないキャラクターです。だからこそ #GiveElsaAGirlfriend がムーブメントになり得たとも言えるのですが、彼女をロールモデルとする必然性が同性愛にあるならば、それと同様アセクシャルや他の属性にもあると考えます。そのため、「エルサは同性愛者であると製作者に明言して欲しい、続編ではエルサにもロマンスの展開を与えて欲しい」という願いには反対です。
 
繰り返しになりますが、観客によって自分の何を映画に投影し、何に対しての勇気や希望を得るのかは異なります。特に「アナと雪の女王」はその視点に関して繊細に作られた作品でした。だからこそ多くの人の心に届き、愛される作品となったのです。
映画に限らず、物語とは一度世に送り出されたあとは観客のものとなります。だからこそ、製作者の手の中にある内からそれを歪めるような圧力をかけないで欲しいと1ファンとして切に願っています。
 
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(追記その1 - 5/7 11:58)
その後 #GiveElsaAGirlfriend に(エンタメで同性愛を描くことにに、ではない)反対を表明する #LeaveElsaAlone というハッシュタグが出来ていましたので、一概に「世論は賛成している」という風潮にはならなそうだと安堵しました。
 
(追記その2 - 5/7 14:35)
「Aセクシャル」の表記に関して、Aは接頭辞であるためそこだけアルファベットなのは不自然…とブコメでご指摘を頂いたので改めました。ご教示ありがとうこざいます。
 
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※気持ちの赴くままに書いたので、この記事はのちのち追記/修正される場合があります
 

*1:前売り特典のアナ&エルサストラップが好みの造形でなかったため

*2:追記その1参照

*3:D23Expo Japan2015「パワー・オブ・プリンセス」展の製作陣インタビュー映像にて。同じ映像は5/8まで銀座松屋で開催中の「ディズニープリンセスアナと雪の女王」展でも見られます

*4:メリダピクサー作品なので割愛

*5:あくまでドラマ版での話ですが

*6:正確には女王ですし、公式でも「ディズニープリンセス」して括られてはいませんが、一般的な見解として